作成日: 10/04/29  
修正日: 10/04/30  

JCO事故からNPOが学ぶこと -安全と安心-

できることでやる価値のあることを事業化してやるしかない




安全と安心は違う

単に知識や技術があるだけではなく、“安全道”が必要というのは深いわね。

心構えも大切ということをおっしゃりたいのだと思う。
「ソフィスティケーテッド」された概念で止めるのではなく、コンピテンシーとして何が必要か?とブレイクダウンするのが今風だと思う。

そんなように割り切れないものって言いたいのじゃないかしら。

処世術につながるのかもしれないけど、NPOの活動を考えるともう少し分析した方がよいと思う。
それを2010年4月13日の(NPO)RSF=ArenaのJCO事故を巡る議論から考えてみたい。

4月18日までに宿題だったものね。
宿題はもっと早く仕上げるべきだと思うわ。

なんとか今月中に提出したので許して欲しい。
(すみませんでした>加藤先生)

甘えはよくないと思うわ。




JCO事故に関する理事長からの宿題


  1. 自分にとって最も重要と思われる「教訓」
  2. 国など関係者に対する最も重要と考える「施策」が何であるか?

●加藤和明

    1. 非常時には時間との戦いの下で、情報の収集・品質評価・autholized evaluated data or informationの作成・発信・共有する仕組みを持つことの重大さ
    2. “放射線事故が人体に及ぼす影響”と“放射線が人体に及ぼす影響”は異なる(ものであることを実体験により再認識した)こと

  1. 非常時のための「放射線管理システム」を構築し、平常時のシステムから非常時のシステムへの切り替えが効果的、効率的に行われる仕組みをつくること


リスク認知は主観的ということね。

チェルノブイリでも妊娠中絶のことが問題になっけど、
わが国でも推計調査が行われている(リスク認知の偏りは何をもたらすか)。

安全と安心は違うというリスクコミュニケーションのお話になりそうね。

わかってもらうためには手間をかけないといけないから、リスクコミュニケーションの専門家との協同が重要だね。
吉川肇子先生の健康リスク・コミュニケーションの手引きを参考にこのNPOでも普段から取り組むとよいと思う。

アゲンストの大きな風があるにもかかわらず、このNPOの会員には、教育で中学生が地元に民間の再処理工場があることを誇りに思えるようにできる人がいるからポテンシャルはありそうね。




●金子正人

  1. 無理な延命処置は、本人にとっても、他人にとっても不幸。

    1. 無理(な仕事)をさせないような配慮; 組織も個人も苦しくなると何をするかわからない。
    2. 平素から低レベルの放射線被ばくは「安全」であることの周知; 被ばくしてから「心配ない」と言っても後の祭り。


深いお話しね。

医療従事者の苦悩は、朽ちていった命―被曝治療83日間の記録―を読むとよいと思う。
正解のない話だけど、獣医療との最大の違いは、この問題かもしれない。

単純な「Victim blaming」から離れて、本質を見抜くことも重要ね。

結局、みんなが責任から逃れられないということだと思う。
特に、このNPOのように専門的な立場だと社会的責任が重くて後世からの批判は不可避だと思う。



●松浦祥次郎

  1. 安全確保対策に拘わる専門家はすべからく先見的(プロアクティブ)に対処を準備して置くべきである。JCO事故に関しては、次の2項がこの視点から対策されていたといえる。他の安全施策についてもこの視点から再考すべきである。

    1. 緊急被ばく医療:公的システムとまでは完成してはいなかったが、志のある医療専門家によって実際的に緊急被ばく医療ネットワークが構築されていた。その治療成績は、その後国際的に極めて高く評価されたもので、現在でも模範となっていると聞く。これの経験が基盤となって、それ以来全国的な被ばく医療ネットワークの構築と関係者の教育訓練が継続的に実施されている。

    2. 臨界安全:臨界安全専門家は核燃料施設における臨界事故の発生は十分にあり得る事象と考え、臨界安全研究に特化した施設(NUCEF)を建設し、臨界安全研究を実施していた。その成果により、JCO事故(臨界継続状態)を終息させることができた。また他方で事前に、核燃料施設管理者・使用者のための「臨界安全ハンドブック」を編集し、公刊していた。皮肉なことにJCO社員の臨界安全専門家もこのハンドブック編集委員会の委員であった(事故時にはこの社員は他社に出向中であったが)。いかにハンドブックが整備され、専門家がいても、組織内教育が欠ければ無意味であることの典型的悪例であった。先見性は組織文化、組織教育まで視野を拡張しておかなくてはならない。

  2. 国など関係者に対する最も重要と考える施策(このフレーズの意味 は「国など関係者に対して提言すべき最も重要な施策」との意味か?):これについては、たまたま事後の対策に関わった者として所見を述べる。

    JCO事故後、国と原子力事業者はそれぞれの立場で施策を検討・決定し、実施できるところから実施をしてきている。また、その結果の状況をそれぞれに自己評価している。それが現在の状況として在る。それに対して、外部から透明に実際的評価を行い、その結果に基づいて建設的批判を実効性のある方法で公的に表明すること。必要なら公開で対話の場を設けて、現実性のある施策改善について議論すること。この議論を通じて国や事業者の施策をより適正なものとする。(なされるべき施策の何がなされ、何がなされていないか。また、なされ方の何処が不適切、不十分かを明らかにする。ここで、趣味に近い観念論的批判や、ないものねだり的批評は有害無意味である)


言うことがないわね。

原子力絶対安全神話時代から実務的に緊急被ばく医療ネットワークを構築していた鈴木元先生のエッセーです。
たぶん、色々大変なことはあったのだと思う。

医療従事者からすれば絶対安全と思考停止するセンスはないと思うけど、
さすが旧原研は準備されていたのね。

よいところは、きちんと評価すべきだと思う。
この記事も、見える化に役立つとよいと思う。



●田ノ岡宏

私個人としましてはJCO事故のあと、JCOで行われた説明会に加藤先生と共に参加して JCO職員、最後には住民を加えた会で話し、その結果原発反対とみられる団体から個人中傷をうけた者としての経験から考えてみたいと思います。

問題点1。
なぜ放射線が安全であることを説明することがいけないのか。私達は無用な心配を避けて早くもとの正常な生活に戻っていただきたいとういう気持ちで説明会に望んだつもりです。しかし私達のことを放射線はなにがなんでも安全だと言いくるめるための電力の手先であるというような攻撃をうけました。この発信者はおそらく東海村の外部から住民の不安をかきたてるのを目的で入ってきた原発反対組織であると思われます。科学的な議論をしようにも相手は自分を名乗らないので議論しようもありません。おそらく原子力推進にかかわるひとたちすべてが攻撃の対象なのでしょう。このような反対立場のひとたちのよって立つところの考えを冷静に分析するのもひとつの課題かと思われます。

問題点2。
攻撃をうけた者の立場から。ブラックメールで中傷をうけたときの対処の方法をすこし勉強してみましたがなかなか難しいものがあります。これについては自分でやらなければ誰も守ってくれません。法律的には名誉毀損で訴訟することができますが大変な手間と費用がかかります。中傷記事を流すインターネットプロバイダーの YahooやGoogleにきいてみましたが、中傷であることを証明できれば送信を停止することができるそうですが、そのための手続きは気の遠くなるように面倒で弁護士の助けを借りなければできません。新聞には最近裁判の判例がでていましたが、インターネットによる風評被害の問題もJCO事故に関連して研究の対象になると思います。

問題点3。
JCOで被曝した作業員の健康問題をいま振り返って分析することは重要であると思います。亡くなられた二人の方は被曝線量から推定されるよりははるかに長く生存されましたがこの経過を分析してみてはどうしょう。いま放射線生物学では幹細胞がとくに防護されているかどうか重要な問題となっていますが、JCOで内視鏡で腸内の様子を観察された木村教授によれば、腸内で剥脱した組織をカバーするように残った幹細胞が増殖していてもう一息で水分の漏出をとめられたのにと 電話でお聞きしました。 3人目の方の健康状況についても知りたいところです。

問題点4。
東海村住民の方々についての問題は心理面での心配や風評被害であると思います。事故のあとアラバマ大学の災害事故の社会心理学専門の若い教授が研究費をもらって東海村へきて、私は付き添いましたが、これは社会心理学の立場から事故の後を調査しようという目的で、このような見方から事故を分析するのも大きな課題であるように思います。

以上とりあえず私見をのべさせていただきました。




主要価値類似性モデルで考えても、善意であるとしても、説得しようとして話しても無駄な気がするわ。

リスクコミュニケーションの専門家の助けが必要だね。





●長瀧重信

前置き
個人的な経験 
  1. JCO 健康管理検討委員会主査
    省略

  2. 韓国における 放射線医学関係の開所式の挨拶
    • 1999年 7月15日
      Radiation Health & Research Center. Hanil General Hospital 開所式
      There is no room to discuss an emergency medical care system for nuclear accidents. A nuclear accident never happens. Still, why is an emergency medical care system necessary? Site では起こらないも知れないが、Site 外は危険がいっぱいとスライドを使って講演、そのすぐ後に JCO 事故が起こった。
    • 2003年4月
      Establishment Ceremony  Korean Network of Radiation Emergency Medical Preparedness 前者が KEPCO 出資に対して国立のセンター、KIRAMS が癌センター内に開所
      Nationwide Emergency Medical Network for Radiation Accidents in Japan として、Special Law on Emergency Preparedness for Nuclear Disaster を紹介、2枚に要約して添付。

  1. 「教訓」 JCO 健康管理検討委員会主査としての経験から
    国として対策本部に国の専門家を集約、一刻も早く一致して正しい対応を権威を持って明示しブレないこと。事故による急性、並びに晩発の健康被害を防ぐために、「常に真の人類愛」に基き国民から信用されるよう万全を尽くす。努力、努力、努力。

  2. 「施策」 韓国での経験から
    新しく出来た法律の実証。国内、国際的な圧力から発表するだけではなく、現実に現地の状況も含めて、真に事故による急性、並びに晩発の健康被害を防ぐため有効かどうかを実証すること。そしてさらに有効に改正すること。現実に有効ではない部分が沢山あると想像できる。

以上



新型インフルエンザと同じようなお話になりそうね。

「第2回新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議」でリスクコミュニケーションが取り上げられているので、資料が参考になると思う。

「常に真の人類愛」がポイントだと思うけど、信用して受けて入れてもらうためにどうすればよいかというお話になりそうね。






田ノ岡先生の回答を踏まえて、理事長第5回コラムのまとめを考えてみよう。

そもそも、啓発すれば、社会的受容は得られるのかしら?

当然、限界がある。
知識が高まると情報への理解は増えてよいように思うけど、
知的能力が高くなると自尊心が高くなり他者の言うことを容易には受け入れなくなる。

田ノ岡先生がおっしゃられている「一つの課題」ね。
でも科学的な真実は誰にも曲げられないのじゃないの。

ところが、科学的なデータの解釈は一つではないんだ。

どうして?

そもそも、
専門家のリスク認知も様々で、
どのリスクを重んずるかは主観的だからだ。
より根源的に考えると、
データをもとにどう考えるかは公衆衛生倫理の問題に帰着するから、原理的な困難にぶつかってしまう。

なかなか難しいわね。

この記事の参考にしている中谷内 一也先生は、
科学者自身の思いこみとして、
・人々はゼロリスクを追及している?
も必ずしも正しくないとも指摘している。

結局、松浦先生がおっしゃるように、
一方方向ではなく、議論すべきものとなりそうね。

(NPO)RSF=Arena では、このような議論が極めて率直に行われているので、関心のある若い方も修行のために、是非、参加して欲しい。



●番外編

加藤先生のお話で、「臨界事故と放射線防護」で中性子の放射能を間違えたとおっしゃっていたけど、中性子って放射性物質なの?

半減期は本によって違うからよくわからないけど、15分程度の半減期で陽子になるようで、そのときに電子などを放出する、定義によっては放射性核種になるのかもしれない。

でも、原子核の中だと安定なのでしょ?
世の中は原子核だらけだから、すぐに全部捕獲されてしまいそうに思ってしまうわ。

と研修医から質問があったときに回答したけど、
でも実験的に半減期が求められているから、「崩壊」(?)するのもごくわずかあるのではなかろうか。
JAEAの東海展示館に質問したけど、答えがもらえなかった。

誰か、私たちの疑問を解決してください。



文献
加藤和明:臨界事故と放射線防護,パリティ,Vo1.15,N0.9,31-39,丸善,(2000).