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理事長コラム


医療被曝についての不安
加藤和明
2010年12月18日

 *本稿は、株式会社千代田テクノルの月刊“放射線安全管理総合情報誌”「FBNews」の2011年2月号(p.13-14)に掲載されたものの一部である。同社のお許しを得てここに転写させて戴く。

 月刊誌「文芸春秋」2010年11月号(144-152頁)に掲載された論説『衝撃レポート:CT検査でがんになる』が話題を呼んでいる。執筆したのは、慶応大学の放射線医、近藤誠氏である。

 日本人のノーベル賞受賞第1号は、パイ中間子の存在を予言した湯川秀樹先生(1949年物理学賞)である。それから約20年経った1970年代のことになるが、この“素粒子”を使えば“夢の放射線治療”が出来るのではないかということになり、湯川先生ご自身の肝いりもあって「中間子科学振興会」なる研究助成の財団がつくられ、何年かに亘り全国から選りすぐった若手研究者を海外の研究機関[LAMPF(アメリカ), PSI(スイス),TRIUMF(カナダ)]に研究留学させた。総数20名にのぼるが、そのうち12名は放射線医学者、8名は物理関係の研究者であった。上記執筆者もその中に名を連ねている。このような経歴からも分かるように、放射線医学の専門家中の専門家といってよい人物による執筆だけに、影響は大きいものがある。

 沢山の問題点が指摘されていて、中には“日本では、臨床医に対する放射線防護教育がほぼ不存在です(p.150)”、“CT検査をすればするほど、病医院が経済的に潤う医療構造もある(p.151)”、のように、筆者の推測と一致するところも少なくないのであるが、“一部の専門家は「100mSv未満の被曝で発がんリスクが増加する証明がない」と公言している(のは問題だ)(p.146)”とか“白血病を発症して1991年に労災認定された原子力発電所作業労働者の被曝線量は11か月で40mSvであった(p.147)”という記述に対しては異論を挟みたくなる。前者については、筆者も似たことを言って来たが、それはICRPの勧告するデータと論理を用いて、日本の人口調査の結果から得られる死亡率の年齢依存曲線に及ぼす影響を(共同研究者の協力を得て)見てみた結果、“人生のどの時点で受けるにせよ100mSv未満の実効線量の被曝では、曲線に目に見える程の違いを生じない”ことを確かめた(1996のIRPA@Wienで発表)からである。しかし「証明がない」などという言い方はしていない。また、後者については司法等で用いる「相当因果関係」認定の基準値を正しく理解していないことによる誤解(当時の朝日新聞も同じように誤解して解説していた)である。相当因果関係を認めるための最低線量値というものは、影響発症の閾値でもなければ、影響発現の可能性としてのリスクの抑制限度(に相当する線量)値でもない。引用されている“11か月で40mSvの被曝で労災認定”の例については、“相当因果関係”判断の基準値としてこの値を使ったのであったとしたら、適切とは言い難いものであると個人的には判断している。

 “2004年2月に読売新聞が「がん3.2%は診断被曝」「発がん寄与度は英国の5倍」などの見出しで1面トップに英国医学誌掲載論文の内容を報じたとき、ある放射線専門医が「医療被曝は、がんになると思い悩む線量ではない」と断言していたと聞くが、このような発言が日本でCT検査の乱用を野放しにさせた最大原因だ(p.147:但し引用は簡略化してある)”し、“(一部の)放射線防護専門家は、患者ではなく、医者たちを擁護する専門家に堕落している”との指摘には頷ける部分もある。しかし、英国の医学誌BMJに2005年に掲載された“15カ国の40万人におよぶ原発作業従事者の調査結果”なども同列に扱って(p.147)、“CT検査は危険なものだから受けない方がよい”と主張されることには全く賛成できない。この論文については作成された背景や出版された経緯に問題があり論文の信憑性には大きな疑問符が付くと関係者から聞いているからである。

 数日前には、米国立がん研究所(NCI)が4日、「低線量の胸部CTによる定期健診で、喫煙者や元喫煙者の肺がんによる死亡率が20%下がることが臨床試験で分った。これは胸部CTによる検診が胸部X線撮影による検診より有効性が高いことを示す結果である」との発表を行ったそうである(朝日新聞夕刊:東京版)。記事だけでは、“低線量の”という枕詞の意味するところなど理解できないところもあるが、近藤誠先生のご主張には反する内容である。

 “読者が、放射線検査による被曝を減らそうと思ったら、読者が自身の防護主任となって、不要な検査を避けるしかない(p.151)”との提案もなされているが、これには条件付きで賛成である。医療に付随する放射線被曝を余りに問題視することは、“便益がリスクを上回る”検査まで忌避する傾向を増長する惧れがあり、それは好ましいことではないと考えるからである。筆者なら提言を「放射線被曝を伴う医療行為を受けるにあたっての便益と付随するリスクの比較を、自らの力量で行うことができるよう必要な知識を身につけることが望ましい」とする。ともあれ、このような目的に役立つと思われる書物が街の本屋でも手に入れられるので紹介しておく。
  1. 高橋希之:『何か心配ですか?医療被曝』、(社)日本放射線技師会出版会
    2009年1月30日第1版第1刷、2,600円+税.

  2. 笹川泰弘・諸澄邦彦:『医療被曝説明マニュアル』、ピラールプレス
    2010年6月24日第1版第1刷、2,200円+税.
 当フォーラムを含め、関係の学協会ではホームページ上で相談の窓口を開いているところが多いので、時間的制約などで、早急に“意思決定”を図る必要に迫られたときには、キーワードを使って検索エンジンからこれらを探し当てて活用されることも、お勧めしたい。




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